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かわちながので暮らそう。移住定住相談デスク

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3世代同居で支え合いながら安心して暮らす~Oさんご家族~

印刷ページ表示 更新日:2019年3月25日更新
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移住家族の写真

昔から暮らしやすいと感じていました~彰さん~

私は15歳のころから河内長野市で育ちました。同級生たちが大阪市内や東京へ出ていく一方、のんびりした性格なので、両親や祖母が暮らすところから離れて暮らすことは考えませんでした。そんな15年くらい前、向野町のコンビニで副店長をしていた時、立ち寄ったお客様から誘われて、障がい者・児の地域生活支援サービス「らるご」に入社しました。当時は事務所が河内長野駅前にあり、仕事帰りはよく駅前のバーでお酒を飲んでいました。

出会いもプロポーズも河内長野市で~初子さん~

市外で看護師として勤務していて、帰りが遅くなったときに、ふらっと立ち寄った駅前のお店で、常連だった彰さんに出会い、付き合うようになりました。その後、プロポーズし、私の誕生日だった1月1日に籍を入れました。出会いから結婚、娘の出産、そして子育てまでを半径5kmくらいの範囲で決めています。

家を購入して同居を実現~彰さん~

待望の娘が生まれ、また義父が脳梗塞を患ったこともあり一緒に住もうということになりました。生活空間が大きく変わると義父が過ごしにくいと思い、できるだけ当時の住まいに近いところで物件を探しました。購入後は、趣味の日曜大工を活かして、ベットやプランターを作っています。将来は、間取りも含めて大きくリフォームしたいなと考えています。

公園の近くで花の見える暮らし~初子さん~

子育てするには環境もよく、家のすぐそばに公園があり、花がいっぱい。休みの日は近くにある花の文化園に歩いて行ったり、木根館で木工体験したり、すくすくと子育てができます。なんでも手に入る世の中で、ここでしか体験できないこと、今しかできないことができる河内長野が大好きです。近所にはシニアの方も多くて、娘に声をかけてくれたり、見守ってくれる大人がいることが安心材料です。ものおじしない娘なので、近所のおじいちゃん、おばあちゃんとも仲良くさせてもらっています。

広報の表紙に掲載されました

氏神様の西代神社にも時々お参りに行き、七五三でもお世話になりました。西代神楽も毎年の楽しみ。実は広報の表紙にも掲載されました。(下記写真の左下)

広報表紙

 

娘は、伝統的なものに触れたり、笛のおじいちゃんと写真を撮るのが大のお気に入りです。また、最近は恐竜のおもちゃにはまっていて、たくさん集めてすごいことになっています。恐竜と化石のことを話しだすと止まりません。そんな娘には、ずっと河内長野市で暮らし続けてほしいと思います。

移住家族の写真

家族のそばで働くことの意味~彰さん~

仕事は居宅介護・重度訪問介護・行動援護の責任者を任されています。現在、障がい者を支援する事業は資格を取るハードルが上がり、常に人手不足の状態です。しかし、実際に障がい者の方に向き合ってみると、新しい発見があり感動することも多く、とてもやりがいのある仕事です。人は誰しもデコボコで個性があります。できないことを問題にするのではなく、その人を上手くサポートできれば、思わぬ力を発揮することもあり、これは障がいのあるなしに関わらず、家族との関係でも同じだと思います。そんな個性を認め合える河内長野市で、これからも家族で支え合いながら、暮らしていきたいと思っています。

移住家族の写真