ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
大阪府河内長野市役所 > 分類でさがす > 子育て・学び > 生涯学習 > キックス・くろまろ塾 > 河内長野市立市民交流センターキックスKICCS > くろまろブログ > 令和6年度 > 【ブログ】くろまろ塾 大学連携講座 大阪公立大学編 「アンパンマン」の正義論

本文

【ブログ】くろまろ塾 大学連携講座 大阪公立大学編 「アンパンマン」の正義論

印刷ページ表示 更新日:2024年5月2日更新
<外部リンク>

【ブログ】くろまろ塾大学連携講座 -大阪公立大学編-

「アンパンマン」の正義論:普遍的な〈倫理〉を求めて

1.今回のレポート

こんにちは。くろまろ塾ボランティアスタッフの栗栖です。 

今回のテーマは、3歳までの幼児に圧倒的な人気のある「アンパンマン」について、「子ども文化として見ることを越えて、哲学として読み直してみる」というものです。

2.講師

◆ 大阪公立大学 現代システム科学研究科 准教授 「吉田直哉」先生。2008年東京大学教育学部卒業。2010年同大学院教育学研究科修士課程修了。2013年同博士課程中退。博士(教育学;大阪総合保育大学)。保育士。専攻は教育人間学。保育学。

吉田先生画像1)吉田先生

◆ 吉田先生は、保育士や幼稚園の先生を目指す学生の保育士養成課程科目を担当。いつもの若い学生たちに講義するかのような優しい語り口で、丁寧に話を進められました。「単なる幼児向けマンガ・・・」と考えていましたが、作者「やなせたかし」の生涯の秘められたナラティヴが込められていることが良く分りました。

3.講演の報告

  以下は、レジュメに沿って解説された内容の要約です。話の取っ掛かりとして、作者のやなせたかし(柳瀬 嵩 1919-2013)は、「人を楽しませるために生きている」 と語っていたと紹介されました。

(1)「アンパンマン」の人気の秘密

● 発音に注意すると

「アンパンマン」の パ、マ、は破裂音、ア、マは母音で、ゼロ歳児でも発音が可能。因みに、幼児は歯がないので、「クレヨンしんちゃん」の し、ちゃ、は発音出来ない。

● 1歳児から3歳児までに圧倒的な人気 

ゼロ歳児から発音できるネーミングとしている。

(2)アンパンマンは、なぜ「パン」なのか

● 「食べ物が主人公」という世界でも類例を見ない設定の理由 

子どもに取って一番大切なことは「食べること」。 画像2)マズローの人間の欲求階層説によれば、最下位の食物、飲物、睡眠などの生理的欲求が満たされて始めて、上位の安全などの欲求が生じてくるとされる。

  • 「アンパン」とはどういう物か 

主食におやつにもなる。高くないし美味しい。形も良くコンパスで描ける。

  • 初代アンパンマンは貧しく、かっこ悪いヒーロー

太っているし、ハンサムでもない、貧しくて継ぎはぎだらけのマントを着ている「おじさんアンパンマン」は、大人向け読本として発刊された。戦争が起きている地域のお腹をすかせた子ども達にパンを届けようとするが、敵機と間違えられ、撃墜されて死亡した。編集者のダメだしで廃刊となる。

(3)世界最弱のヒーロー?

● 2代目アンパンマン

画像4)2代目アンパンマンは、アンパン自身が飛んでいく。幼稚園の先生たちから、「顔を食べさせるのは残酷」とのブーイングが起きたが、3歳以下の子ども達から圧倒的な人気を得た。

  • 既存のヒーローとの違い

鉄腕アトムやスーパーマンなどの既存のヒーローは正義の味方で、強大な悪を倒す必要性から超人として描かれた。しかし、やなせたかしは、「大格闘しても着るものが破れないし、汚れないし、誰のために戦っているのか分らない」などの疑問をもった。

  • 優しさと弱さ

  アンパンマンにとっての正義は、「お腹を空かせた人=困った人」を助けること。人助けのために常人離れした力は必要でなく、お腹を空かせた人に気付く感覚と、その人のために出来ることをするという決断だけとした。このため、アンパンチ以外に必殺技は持たず、水に濡れたり、カビが生えるだけでも力が出なくなる弱いヒーローとされた。 

(4)やなせたかしの「普遍的」正義

● 孤独を支える愛と勇気

アンパンマンにとっての「正義」とは、「お腹を空かせて困っている人を助けること」であり、「正義を行うものは弱く孤独である」とする。「アンパンマンのマーチ」(作詞・やなせたかし、作曲・三木たかし)のメッセージ「愛と勇気だけが ともだちさ」に、その思いが込められている。これらは、辛くて悲しい2つの戦争体験が元になっている。

● 「飢」えという苦しみ

従軍中の中国戦線で、戦死した友の死体を食べたいという誘惑に駆られるほどの耐え難い飢餓を経験し、「腹を空かせている人にパンを与えること」こそ「絶対的で普遍的な正義」であると共に、人生最高の楽しみは「人を喜ばせること」であるという確信を得るに至った。

● 絶対にひっくり返らない正義とは

唯一の肉親だった弟が戦死。まもなく敗戦となり、「国のために戦う」「天皇のために死ぬ」という「絶対的」な「大義」が、いとも簡単に崩れ去った。「弟は何のために死んだのか?」「弟の死は犬死にだったのか?」という疑問を覚え、普遍的な正義とは:「」と「献身」(=自分を傷つけ、目の前の相手に差し出すこと)という考えに至った。

(5)「献身」というテーマ

● キリスト教の場合 

私が命のパンである。私に来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して乾くことがない」(『ヨハネ福音書』第6章35節)

  • 仏教の場合 

釈迦の前世である薩埵(さった)王子は、深い谷底で飢えている虎とその7匹の子のために、自分の身を投げ与えて喰わせ(「布施」、ダーナ)、虎の命を救ったという。(大乗仏典の一つ『金光明経』「捨身品」所収) 「捨身飼虎(しゃしんしこ)」の逸話が、画像-2)法隆寺所蔵の国宝・玉虫厨子に描かれている。

1画像2)法隆寺所蔵・玉虫厨子

(奈良国立博物館サイトhttps://www.narahaku.go.jp/collection/1439-0.htmlyori<外部リンク> より引用)

 

(6)やなせたかしにとっての「悪」とはなにか

● 皆の心の中にある「悪」

やなせたかしにとっての悪は、「悪という姿」をしておらず、心の中に住まわせている。子ども達は、いつでも「いたずら」をしたい。ドキンちゃん の魅力は、活発な「いたずらっこ」である点にある。マーガレット・ミッチェルの小説『風と共に去りぬ』の主人公スカーレット・オハラがモデルで、美人で、わがままで、強気な「嫌」な性格としている。

● 「正義と悪」は、ペアである

パンはイースト菌による発酵によって作られる。菌がいなければアンパンマンは生まれて来ることができない。アンパンマンと「ばいきんまん」の戦いは永遠に続くが、アンパンマンは決して、ばいきんまんを殺さず共生する。反対派(悪)を絶滅させようとすることは「ファシズム」(全体主義)であり、両者のバランスが取れ、共存できることが「健康」であり「平和」であるとする。

● アンパンマンは「弱き者」のための「弱気」ヒーロー

正義とは、自己犠牲である

ー「たとえ胸の傷が痛んでも」-「自分を傷つけなければ正義をなしえない」者は弱い。

「弱い」者は、「優しく」なるほかないが、正義をなすために特別な力が必要なわけではない。「困っている人を助けたい、見捨てられない」という心、「愛」から、正義は生まれる。

だからこそ、あなたも、今日からでも「アンパンマン」になれる!

「たとえ胸の傷が痛んでも」、「愛と勇気だけが友だちさ」!

レポートは以上です。リーフレットにも記載されている作者「やなせたかしの人間観、倫理観」に少しでも触れることが出来たでしょうか? であればこの講座記録を作成し、読んでいただいた甲斐があって嬉しく思います。

ありがとうございました。

 

<講師の参考文献>

・岡本依子ほか『エピソードで学ぶ乳幼児の発達心理学:関係のなかでそだつ子どもたち』新曜社、2004年。

・中村圭子編『やなせたかし:メルヘンの魔術師90年の軌跡』河出書房新社、2009年。

・西川ひろ子「乳幼児のキャラクター志向に関する研究:何故、子供は2歳のときにアンパンマンが大好きになり、5歳になると「ださい」というのか」『安田女子大学紀要』(38)、2010年。

・マリオッティ「「それいけ!アンパンマン」の社会学」『ソシオロジ』(44)2、1999年。

・やなせたかし『アンパンマンの遺書』岩波書店、2013年。

・やなせたかし『わたしが正義について語るなら』ポプラ社、2013年。

・やなせたかし『何のために生まれてきたの?:希望のありか』Php研究所、2013年。

・山口一樹「戦場体験が問いかける「生存」とナラティヴ: やなせたかしと水木しげるの比較を通じて」『立命館平和研究』23、2022年。

<配付資料>

・吉田先生による講義のレジュメ「アンパンマンの正義論」

・リーフレット 「アンパンマン」の正義論」 普遍的な<倫理>を求めて