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【ブログ】くろまろ塾 歴史編 「古代都市平城京の疫病対策」
「古代都市平城京の疫病対策」

皆さん、こんにちは。くろまろ塾運営ボランティアの西岡です。今回は、2月2日(日)に開催された「古代都市平城京の疫病対策」を受講しましたので、その様子をレポートします。講師は、大阪市出身で奈良文化財研究所展示公開活用研究室室長の神野恵先生です。

今日は、折しも節分で鬼やらひ(豆まき)の日です。豆まきの起源は宮中で、疫病をはじめ災害などの邪気を払うことから始まり、無病息災・家内安全を願う民間に広がった伝統行事でしたね。新型コロナ感染症がやっと落ちついてきたように思いますが、新たな型が発生したりインフルエンザが流行ったり、医学が発達した現代でもまだまだ安心できない世の中です。1200年以上前の平城京ではどうだったのか、発掘調査の成果などをふまえながら様々な角度から解説して頂きました。
■平城京の栄華と天然痘
平城京の人口は、当時の記録から役人だけで1万人住んでおり、そこから推定される人口は5万人~十万人程度と考えられているそうです。都とはいえ、思っていたより大きな町だったようで、びっくりです。当時としては、碁盤の目のように造営された先進の大都市だったのでしょうね。『続日本紀』が伝えるところによれば、聖武天皇の治世下の天平7(735)年大宰府において、豌豆瘡(えんどうそう)、民間では裳瘡(もがさ)と言われていたいわゆる「天然痘」が大流行し、役人を含め多数の百姓が死亡したとの記載があるそうです。このとき他国ではありえないことですが、天皇は自分の不徳を憂いたとのこと。また、このときの感染経路は後世に新羅から来た難破船から始まり伝染したとの説が定まっているそうです。今も昔も、疫病のパンデミックは海外から来て「船」で大流行するのが、お決まりのようです。古くは、3世紀頃の中国「赤壁の戦い」での曹操軍船内での腸チフスの蔓延、8世紀頃の「遣唐使船」による天然痘・麻疹の持ち帰り、16世紀頃「コロンブス」による天然痘のアメリカ大陸への持ち込みと梅毒のヨーロッパへの持ち帰りなど、事例に事欠きません。つい最近の新型コロナの初期に日本に寄港した、大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号で多数の感染者や死者をだしたニュースを思い出してしまいました。医学が進んでいなかった時代に、目に見えにくい疫病との対応は、どのようなものだったのでしょうか?
■文献資料にみえる疫病対策
文献資料によれば、聖武天皇は、お祓いや祈祷、寺院での読経、弱者への食料・衣類の提供、税の免除の他、薬や療養法の指導までしていました。聖武天皇が招へいした鑑真和尚は医療のエキスパートでもありました。しかし当時は、即効性のない漢方薬しかないのが現状でした。天皇はさらに、全国に国分寺をつくり、続いて大仏の造立を発願します。
■考古資料が語る天然痘禍
次に最新の考古資料から当時の様子を見ていきましょう。

1980年代の調査で、平城京の二条大路沿いに大きな「濠状土抗」が複数発見されました。法華寺の近くで、藤原麻呂邸と長屋王邸の間にある通りに沿っており、藤原麻呂の死後掘られ、すぐに埋めもどされたと考えられています。死体などは都の外に埋められることが一般的だったようですが、この土抗からは天然痘罹患者が着ていた衣類と考えられる物や「九頭蛇木簡」などが多数発掘されています。2018年の発掘で発見された九頭蛇木簡の中から、「急々如律令」と墨書されたものが発見されており、この「急々如律令」というのは、天然痘を除けるための「まじない」の〆の言葉であることが解っています。

この他にも「人型」・「土馬」・「絵馬」・「略完形の土器」などが多数出土しています。馬は古来から早いものの象徴で、疫病神の乗り物であったと考えられており、当時も疫病の伝染スピードが速かったことが伺えます。また馬は此世と他界を結ぶ神聖な存在と考えられていたため、8世紀頃「絵馬」は門傍に掲げ厄除けにしていたようで、その後神仏に奉納する風習が広まって行ったようです。
このように、当時疫病に対して科学的な対応が出来なかったまでも、体調を整える漢方薬や衛生管理的な対処を頑張りつつも、最後は、神仏やまじないに頼っていたことが伺えます。また食器類も、古代の素焼きの土器は洗えず使い捨てだったものが、日本の食文化に合わせて個人が手にもってお箸で食すようになったのも、この頃が始まりだったようです。
このように、日本の正史には、疫病や災害などの記録が多く残されており、昨今では海外の研究者が調査に来るようです。また発掘調査によって、さまざまな事が解明されており、今後さらに多くの謎が解き明かされていくのが楽しみになりました。
次回3月2日(日)のくろまろ塾では、続編として、「古代の祟り、祈り、まじない」と題して、疫病大流行と長屋王のたたりについて学びます。楽しみですね!
※講座参加者の感想(一部以下に紹介します)
・写真や絵を多く使った資料でご説明いただき理解しやすかった。
・順序立てて分かりやすく説明していただけた。また、聖武天皇の時代において福祉政策がなされていたことに感心した。
・陶器など幅広い見解からの説明(解説)があり改めて知ったことが多くあった。
・疫病対策での変化がおもしろかった。今も昔も変わらないところも。
・奈良時代の人々に天然痘が大きな影響を与え歴史を動かしたことがよくわかりました。
