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市指定 梶谷家住宅

印刷ページ表示 更新日:2019年4月17日更新
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区分(有形文化財)種別(建造物)指定番号(建10)

市指定文化財 梶谷家住宅

Kajitanike-jutaku 一棟

所在地 河内長野市滝畑483-23
所有者 河内長野市
時代 江戸
指定年月日 平成14年3月29日

外観の画像
外観

土間から見た内部の様子の画像
土間から見た内部の様子

梶谷家住宅は、本来滝畑清水にありましたが、滝畑ダムの建設に伴い、昭和57年に河内長野市立滝畑ふるさと文化財の森センターの敷地内である現在の場所に移築されました。

移築に伴い、炊事場や風呂を撤去し、入り口と土間廻りをほぼ原形に復元しています。昭和50年度に当主に伺った話では、当時から数えて、約200年前に建てられたということです。

規模は、桁行8間、梁行5間で、妻側に入り口が設けられる「滝畑型の民家」です。入口を入ると土間があり、右手に「ヒヤ(マヤ)」と「ウチグラ」を設けています。
これらは共に、当初4.5畳の広さがありましたが、移築時に原形と推定される3畳に復元しています。
ヒヤは、半間の入口が設けられており、土間側から入れるようになっています。

土間の奥には居室があるます。居室は整形6間取りで、表土間から奥へ、「ザシキ(クチノマ)」、「仏ダンノマ」、「カミノマ(ザシキ)」、裏が「ナカマ」、「アダナンド」、「ナンド」と呼ばれていました。
各室の表と妻方には、縁側が設けられており、その外側には雨戸を通してあります。

土間周りや仏壇と床の並置、ナンドの入り口が狭いこと等からは、この民家が古い様式を保っていることがわかります。
しかし、表縁側の雨戸など進んだ方式もみられ、古式の中にも進んだ方式が用いられている様子があります。
市内に残された同時期の「平地型の民家」に比べても、先進性が伺われ、このような先進性は、滝畑が狭山藩領であったため、先進地である狭山から何らかの影響があったと考えられています。