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市指定 大般若経(四四七帖)

印刷ページ表示 更新日:2019年4月17日更新
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区分(有形文化財)種別(書跡・典籍・古文書)指定番号(書3)

市指定文化財 大般若経 (四四七帖)

dai-hannya-kyo(表紙)縦26cm 横9.7cm

所在地 河内長野市日野
所有者 観音寺
時代 南北朝~室町
指定年月日 平成9年3月26日

市指定文化財 大般若経 (四四七帖)の画像1市指定文化財 大般若経 (四四七帖)の画像2

 「河内名所図会(かわちめいしょずえ)」に「大般若経六百巻あり、元弘建武の後、南北騒擾(そうじょう)の時、敵味方とも長陣にてこれを書写すと見えたり」と記されている経が、日野の観音寺が所蔵する大般若経である。

 六百巻の経は、長い年月のうちに散逸し、現在は四百巻余りを残すのみである。
 奥書は、現存のうち百三十二巻にあり、その奥書によって至徳三年(一三八六)から応永八年(一四〇一)に写経されたものと判明する。
 施主には三十五人の名がみられ、中でも源朝臣錦部義利(幕府方の武将)は二十四巻を施している。また、筆者には二十三人がみられ、その中の沙弥広覚(観音寺の僧)は百八巻を書き写している。

 「河州日野村のために書き了はんぬ」という形式のものが多いが、中には個人の供養のためのものもみられる。
 このことから、一村の平安のために多くの財力を投じ、仏の加護を祈念していることがわかる。書き写し年代も古く、南北朝統一前後の当地域の貴重な歴史資料である。

 現在、この大般若経のうち一巻が岩手県平泉町の毛越寺に所蔵され、県の文化財に指定されている。