区分(有形文化財)  種別(建造物)  指定番号(建6)
市指定文化財  天神社本殿
Tenjinja-honden   一棟  

所在地 河内長野市滝畑
所有者 天神社
時代 江戸
指定年月日 昭和51年3月30日



 本殿は、三間社(さんげんしゃ)流造(ながれづくり)、梁間二間、銅板葺の建物で、正面中央に軒唐破風(からはふ)を飾り、本棟には千木(ちぎ)(かつ)男木(おぎ)を置く。

 向拝柱面取角柱、足元に浜床を張り、縁半長押(なげし)、一段高く切目長押を打って木階五級を据え、擬宝珠(ぎぼし)柱をたて登高欄(こうらん)を据え、側面では奥に脇障子を構える。向拝(ごはい)では、中央の間には頭貫(かしらぬき)を通さず、両脇間の頭貫虹梁(こうりょう)の両端を獅子鼻とし、三斗(みつと)を組んで出桁(だしげた)を虹梁状に扱って中央に籠彫の竜を飾り、唐破風棟を受けている。主屋柱円柱、頭貫を通し、両側で木鼻(きばな)として連三斗組実肘木(さねひじき)付とし、上・下長押を打ち、鴨居は内法長押より一段低く打ってその間を板壁とする。
 内部は前後に二分して、前面一間通りを外陣、内外陣境では上下長押を打って板扉を装置し、内陣は縦に三分して大照皇大神(あまてらすおおみかみ)伊弉諾尊(いざなぎのみこと)伊弉冉尊(いざなみのみこと)を祀る。

 当社には、現本殿以外のものも含めて永正(一五〇四〜一五二一)・天文(一五三二〜一五五五)年間および江戸時代初期の棟札が多数蔵されており、その中に興国六年(一三四五)の棟札がみられる。本殿前西瑞垣に脚部を切断して使用されている蟇股(かえるまた)の様式が南北朝頃の様式を示していて、この時建立の本殿のものであったと推察される。また本殿の柱には、中世の古材も存在していてこれを裏付ける。
 しかし、現在の本殿の主体部分はこの時まで遡らず、建立時期は元和年間(一六一五〜一六二四)をあてるべきであろう。

 江戸時代初期のものとしては、様式的にも斬新で、屋根形態にも特色が見られ貴重な遺構である。

参考文献:河内長野市役所(1973)『河内長野市史 第十巻 別編二』

 


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