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「くすのきまさつらかるた」と楠公関連図書の紹介

印刷ページ表示 更新日:2019年2月17日更新
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展示期間

平成31年2月17日~3月10日

場所

河内長野市立図書館2階

内容

「くすのきまさつらかるた」と楠公関連図書の展示

 ケース内右側に展示のかるたは、四條畷楠正行の会(しじょうなわてくすのきまさつらのかい)が平成30年12月に発行した「くすのきまさつらかるた」です。同会と大阪電気通信大学総合情報学部(四條畷市)が共同で作成されました。

 楠木正行(くすのきまさつら)は楠木正成(くすのきまさしげ)の長男で、父正成を「大楠公(だいなんこう)」と呼ぶのに対し、「小楠公(しょうなんこう)」と呼ばれていました。延元元年(1336) 、正成は摂津の国桜井の駅(今の大阪府三島郡島本町)で正行と別れ、 湊川 (神戸市生田区)へ出陣し、激烈な戦いののち湊川で自刃します。

 父と別れた正行は、河内へ戻って遺領を継ぎ、河内の国司・守護となり南朝方武将として活躍します。しかし、正平3年(1348)正月5日、幕府方のこうのもろなお高師直方の大軍を四條畷で迎え撃ち、激戦の末討ち死にしました。現在、正行は四条畷神社にまつ祀られており、また、四條畷市では地域にゆかりのある歴史上の人物として、親しまれています。

 四條畷楠正行の会 は、「郷土、四條畷ゆかりの歴史上の人物、楠正行(注1)について学び、顕彰(けんしょう)し、次代を担う子どもたちを通じて、後世に長く広く語り継ぐことを目的に、史料等を検証し、伝承等を堀り起こし、明らかにする活動を続けて」いる(注2)という会で、活動の一環として、このカルタを作成・発行されました。正行の父である楠木正成ゆかりの地として、現在、大河ドラマ誘致活動を展開している河内長野市へも、そのご縁で数箱寄贈いただきました。今後、カルタの大会などを通じた交流もおこなわれる予定です。

(注1)同会では 楠木正行 ではなく 楠正行 と表記しています。
(注2)「くすのきまさつらかるた」解説書より引用。

 ケース左側に展示の資料は、河内長野市立図書館に所蔵する明治時代以降に刊行された楠木正成に関する図書の一部です。当館では、個人の方から寄贈いただいた楠木正成に関する図書や資料を複数保存しています。ここでは、右側に展示したカルタにちなんで、4点を展示いたしました。

(1)絵本楠公三代記(えほんなんこうさんだいき)
 この(1)も次の(2)も 題名にある「絵本」とは、の江戸時代以来の「さし絵入りの本」の意味です。特にこの(1)は、細かい文字で文章がぎっしりと書かれた本で、さし絵はあまりありません。歴史研究書ではなく庶民向けの歴史小説です。楠木正成の生涯の話しが中心ですが、誕生前の話し(父正玄の時)~息子の正行(長男)・正儀(三男) の話しまでが書かれています。(原編輯 桑原徳勝、明治20年11月出版/三浦文庫より)

(2)絵本楠公記(えほんなんこうき)
 この本も、さし絵が少し入った文字中心の本で、楠木正成の生涯の話しを中心に書かれた庶民向けの歴史小説です。(発行者 中村芳松、明治26年5月印刷/三浦文庫より)

(3)楠公遺訓(なんこういくん)
 楠木正成が桜井駅で長男正行と別れる時に残したと言われる「遺訓」について書かれています。(編輯 備中 信原機、明治35年5月発行/三浦文庫より)

(4)楠公(なんこう)
 この本は、子どもにわかるような文章で書かれています(子ども向け)。はじめに「楠公」として楠木正成の生涯をとりあげ、後半では「附 小楠公」として息子正行の生涯について書いています。(日本歴史譚第十編・附 小楠公) (大和田健樹著、明治31年印刷発行 同44年8月第十八版発行/三浦文庫より)


図書館外観

【開館時間】
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【休館日】
 毎週月曜日、年末年始
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